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ようこそいらっしゃいました。すてきな書物と美味しい食べ物をどうぞ。

『純真を歌え、トラヴィアータ』古宮 九時 




音大に入ったもののトラウマによって歌声を失い、声楽の道から脱落してしまった、19歳の椿。
もう一度の大学生活のはじまり、彼女はオペラの自主公演を行う「東都大オペラサークル」のデモ演奏の音色にこころひかれ、指揮者の黒田と言葉を交わす。
同級生と共にサークルに入った椿は、ピアノ伴奏者として必死に頑張る傍ら、サークルのメンバーたちとの交友関係を、ぎこちないながらもゆっくり深めていく——。


古宮九時さん(藤村由紀さん)のメディアワークス文庫の新作。
ずっと志してきた歌を喪い挫折した歌姫・椿ちゃんは、ひょんな出会いから大学生のアマチュアオペラサークルに入ることに。
彼女が出会った孤高の指揮者・黒田さんと、サークルの個性豊かで人の良いメンバー達。
周りの皆に支えられ、椿ちゃんが音楽ともう一度向き合うまでの道のりをたどる、ものがたり。

ストーリー自体はシンプルながら、迷い苦しんだ末に椿が見出した音楽への愛情が胸を打つ、美しく深みのある、とても素敵な物語でした。
背景に光さす表紙イラストとタイトルがイメージぴったり。
彼女が挫折を乗り越えるまでの描写が、まさに真摯。支えてくれる周りの人々の温かさが読んでいてじんわりと伝わってくるのが、良いです。
椿ちゃんと黒田さんの努力を当たり前に惜しまない生真面目でストイックな部分が、作者さんの物語らしい。とても好きでいとおしくて泣きたくなる。
あとサークルの中の、びしっとしていると同時に音楽を軽やかに愛し楽しんでいる雰囲気が、読んでいて心地よい。

腰が低くて真面目で常に丁寧口調で体育会系力持ちの椿ちゃん、自然に共感でき応援して読んでゆける、私好みのヒロインでした。
派手さはないけど側にいるとほっと和むようないいこなんだろうな。『ラ・ボエーム』のお針子ミミの歌が、まさにイメージにぴったり。
アジの干物とか筋トレ三昧とか何か微妙にずれてて本人はまったく気づいていないあたりも愛おしい。
そんな彼女のずれを鷹揚に受け入れておもしろがっているサークルの雰囲気がいいな。

ヒーロー役の黒田さんも、厳しくも面倒見よく格好良く、うーん、好きだなあ!
優秀な指揮者で格好良く女の子に人気があるのかというとそういうタイプではなく、むしろサークル内では面倒見のいいお母さん的な立場というのが、ちょっとおもしろい。
音楽を愛し挫折して再生したふたり、ある意味最大の理解者で、黒田さんが椿ちゃんに向ける、変に甘くも厳しくもない真摯な気遣いと行動の数々が、とても尊かったです。
序盤の少女時代の椿ちゃんと関わりを持った少年のエピソードから、運命のふたり……みたいな雰囲気を漂わせつつ進行していく物語で、再会して(椿ちゃんは気づいていませんが)仲良くなっていっても特に甘さはなく、このままいくのかなー?と思って読んでいくと、ラストでふんわり微糖。
わあ、これはたまらない!
黒田さんの方では「初恋の君」として(たぶん)淡く意識しているものの、椿ちゃんがフラグを速攻でへし折っているのがちょっと気の毒でした。(まあ椿ちゃんは他のことでいっぱいいっぱいで、恋愛モードまで進める余裕は今はまだちょっとなさそう)
目下、黒田さんの最大のライバルは、かなみちゃんでしょうか。
花束を渡しに来たかなみちゃんと受け取った黒田さんの会話の実際のところが気になる。火花ばちばちだったんだろうな(笑)。
かなみちゃんの勝気な強さ、誇り高さが、傷さえ味方として燦然と輝く才能が、椿ちゃんにとってときには辛いのでは……と心配して読んでいましたが、かなみちゃんもいいこですね。椿ちゃん大好きですよね。
まあ確かに黒田さんはとても面倒見が良く優しいけれど、椿ちゃんへの面倒見の良さは明らかに別格なんだろうなと思いますよ。彼女が気づいていないだけで。(そうでなければ彼は今までももっと女の子にもてているのではないでしょうか)

サークルの同級生清河君や先輩の理恵さん、浜崎さん達、みんないいひとで良かったです。
清河君の万能さと何でもやってみて楽しもうとする姿勢とさりげない気遣いが、読んでいて心にしみました。
黒田さんとは別の意味で、椿ちゃんには得難い友人だなあ。彼女と清河君が出会えてよかったな。
サークルそして人生の先輩的な理恵さんと浜崎さん、それぞれ頼もしくていいひとで好きでした!!
おそらくふたりは椿ちゃんと黒田さんのことをあたたかい目で見守っているんだろうな……。

アマチュアオペラのあれこれやオペラの作品解説なども分かりやすく程良く書かれていて、ほとんど知識のない私にとってはありがたく、気軽に楽しく読めました。
そうか、たいてい人が死ぬのか……。
全員の音を拾いすくい上げていくというか、黒田さんの指揮者としてのありようが、何度読んでもあたたかくて好きだなあ。
大学生のサークルのほのぼの仲良さげな雰囲気も楽しかったです。
合宿いいですね。ジャンルばらばらのごちそうがおいしそう。
清河君が持ってきたピザがしょいこんでいた悲劇が、ストーリーとは全く関係ないながらに地味に余韻に残りました。
オペラのお話って、こうして小説でちらりと読んでいるだけだと悲劇的な恋愛とかすれ違いとかシリアスっぽいのですが、大学生のサークルメンバー独特の若いゆるさ、明るさで、重たさを必要以上に感じずさくっと読めるのが、いいなと思いました。

私自身は、大学生時代に一時期音楽系のサークルに入っていたものの色々あってそのサークル自体を挫折した人間で、色々重ね合わせながら読んでいました。
音楽に愛されなくても、愛してるって、ああ、シンプルでとてもいい言葉だな。
そうそう、学生の音楽サークルって、本当になにげにレベルが高くてびっくりするのです。

椿ちゃんはこれからサークル内で歌姫として活躍していきそうだし、ほんのりとした恋の行方も気になるし、続きもあればぜひぜひ読んでみたいな。

(余談:「ミミ」というと、どうしても、Unnamed Memory 内の無邪気な美少女ミミちゃんのことを、思い浮かべてしまう!
かわいらしい名前の響き、可憐で純情なイメージが、オペラの登場人物のミミ、ひいては椿ちゃんのイメージにも重なる気がして、読んでいてほんわり嬉しかったです
!)

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カテゴリ: 日常のお話

タグ: 古宮九時 

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